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小野貴志

i-Ten-Labo代表の小野貴志の自己紹介です。

情報登録日:2006-02-07 01:41:51 (ono)

最終修正日:2006-02-09 02:20:53 (ono)

自己紹介

2005年ボランティアまつり昼食にてこんにちは!代表の小野貴志です!
たよりな代表ですが、スタッフの皆さんに支えられながら、活動しています。

簡単な自己紹介とこれまでの経過です。

活動の動機

i-Ten-Laboの活動への流れは次のようなものです。

●「高校生のためのみんなでキャンプ」に参加●

これがすべての始まりです。
障害のある高校生も、障害のない高校生も、一緒にキャンプ生活を送る企画に高校二年の春に参加しました。

ここで初めて障害のある人とじっくり接し、ボランティアや市民活動の世界を知るきっかけとなりました。

●キャンプスタッフに●

高校卒業後、しばらくしてから、そのキャンプのボランティアスタッフに。
色々な人と接する中で、グループの運営にもかかわるようになりました。

●キャンプのホームページを作成●

高校生募集のためにホームページ作成を行いました。
これをきっかけに、主催法人のホームページ作成にも協力することになりました。

●ボランティア情報を発信●

ちょうど、1995年ごろはインターネットが徐々に一般に広がる時代。
その時「インターネットは、世の中を変える力がある。」と感じました。
そこで、それまでほとんどが「紙」で発信されていたボランティア情報を、インターネットで検索できるようになれば、良いなーと考え、ひとつずつ、入力を重ねました。

●i-Ten-Labo結成●

このようなことをしているうちに、「みんなで入力できれば、もっとたくさんの情報が発信できる。」と感じ、いろいろな人の協力を得て、ボランティアグループi-Ten-Laboを結成することとなりました。

●独立●

それまで、福祉団体の中のホームページ作成チームのような位置づけでしたが、任意団体として独立を果たしました。


そんなわけで、現在に至っています。

よりいっそう詳しい自己紹介

以上は、活動に関する自己紹介でした。
ココからは、よりいっそう詳しい自己紹介を。

●生年月日

1975年12月生まれ

 毎年クリスマスと近いため、誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントは曖昧にされていたような気がします。

 この年の4月、サイゴン陥落によりベトナム戦争終結。
 ヒット曲は、シクラメンのかほり(布施明)、「いちご白書」をもう一度(バンバン)。
 蛇足ながら、レイザーラモンHG、タイガーウッズと同年同月。

●小学校生時代

「学習池」(当時はそう呼んでいた)には、何度となく落ちる。
今のビオトープに転落していたと考えて下さい。
科学万博つくば'85開催、電電公社民営化、阪神タイガース優勝、昭和から平成へ。

●中学校生時代

良く言えば、自然に囲まれた場所。悪く言えば、山の中。
バブル絶頂期、僕の将来は明るい、日本の将来は明るい。大人はみんな社会の恩恵を受けて、楽しそう。そんな印象を持って多感な時期を過ごしました。

瀬戸大橋開通、それいけ!アンパンマンがテレビ放送スタート、『ドラゴンクエストIII』発売、天安門事件、バブル崩壊、流行語大賞オバタリアン、イラク戦争勃発。

●高校生時代

楽しく、自由(すぎるぐらい)にすごしていました。
別に遊ぶわけでもなく、もちろん勉強するわけでもなく。
バブル崩壊後、景気の雲行きも怪しくなってきていました。

雲仙普賢岳で大火砕流発生、ソビエト連邦崩壊、嘉門達夫「替え唄メドレー」、尾崎豊が死去、毛利衛がスペースシャトル・エンデバーに搭乗、風船おじさんが消息不明、日本最初のホームページ開設(1992年9月30日)。

高校卒業後、海外にさまよい出たり、キャンプに行ったりと、これまた自由に。
今風に言えば、ニートだったのでしょう。今のニートの人の気持ちは良く分かります。

その後、ボランティアや、i-Ten-Laboの活動、通信教育、福祉団体のアルバイトを続けていました。

結局、その団体に就職、現在に至ります。
気が付けば、普通に結婚して、普通に働いています。
自分でも不思議です。








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