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震災から半年

さちるのつぶやき 其の五十九
震災から11日で半年が経過しました。
亡くなられた方は1万5782人。行方不明4086人。(警察庁まとめ)
午後2時46分には各地で黙とうがささげられ、復興への思いをあらたにしました。あらためて亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

情報登録日:2011-09-11 22:58:47 (sachiru7777)

復興への決意胸に、鎮魂 行方不明、依然4千人

東北地方を中心に未曽有の被害を及ぼした東日本大震災は11日、発生から半年を迎えた。被災地では復興への決意を胸に、犠牲者を悼む式典などが開かれた。

 沿岸部を襲った津波などにより、死者は1万5700人を超え、行方不明者も依然、約4千人に上る。2千人以上の不明者がいる宮城県ではこの日、県警が特別捜索隊を新たに設置、海上や海辺を中心とした捜索を展開していく。

 同県南三陸町は午前10時から、避難所になっていた総合体育館「ベイサイドアリーナ」で慰霊祭を開催。

 冒頭、参列者全員が黙とうした後、佐藤仁町長があいさつで、震災直後の町の風景などを声を詰まらせながら振り返り、「復興に向けた道のりには多くの苦難が待ち受けています。町民一丸となって新たな町づくりを進めていくことを誓います」と決意を述べた。

 また、岩手県宮古市の横山八幡宮では震災復興祈願祭が開かれた。恒例の秋祭りと併せて行われ、みこしを担いだ約180人の住民が市内を練り歩いた。氏子がいる周辺地域では建物の6割以上に被害があり、氏子総代の男性(74)は「家や家族を失った方を少しでも元気づけられれば」と話した。

 このほかにも各地でさまざまな行事が開かれ、被災地は鎮魂の一日となった。
(産経ニュース 9月11日)

仙台市と岩手県宮古市田老地区で行った被災者へのアンケート

 ≪主な質問項目≫

・仮設住宅での生活で親しい友人はいますか

・仮設住宅の住み心地はいかがですか。その理由も教えてください

・緊急時に頼ることのできる人はいますか

・将来どのような土地に住みたいですか。その理由も教えてください

・仮設住宅を出た後、どのような家に住みたいですか

・現在の仕事、生活資金、住まいの状況は、震災前を10点としてそれぞれ何 点ですか

・復興にむけて最優先してほしいものは何ですか

・新しいまちづくりは、どのような形が最もよいと思いますか

                   ◇

 岩手県宮古市田老地区は、明治期と昭和期の三陸地震による津波被害の教訓を元に、国内屈指の規模の防潮堤を整備した津波対策に取り組んできた集落。仙台市は東北を代表する大都市で、若林、宮城野両区は田老とは対照的に新興の住宅が多い。
                   ◇
 ≪住み心地≫

プレハブ「不満足」32・5%

 東日本大震災で自宅を失った被災者の大半が避難所から仮設住宅などへの転居を進め、岩手県では8月、自治体が運営に携わった避難所はなくなった。アンケートでは、プレハブ式の仮設住宅で暮らす被災者に住み心地を聞いた。
「普通」と答えた被災者が仙台、田老とも半数以上で、全体でみると56・9%と最も多かった。次いで「不満足」(32・5%)、「満足」(10・7%)と続いた。
 地域別にみると、「不満足」としたのは仙台が36・4%、田老は28・6%。その理由を聞くと、「居住スペースが狭い」が最も回答が多く、次いで仙台では「室内の暑さ」や「風呂の狭さ」を挙げた。田老では「買い物が不便」という回答が目立った。

 阪神大震災の際はどうだったのか。

 阪神大震災の被災者らは1カ月前後で仮設住宅への移転を開始。産経新聞社は震災2カ月後に兵庫県西宮、芦屋両市の仮設住宅でアンケートを実施。「不満足」が35・1%、「満足」25・1%、「普通」39・6%で、阪神の方が、「満足」と回答した人の割合が多かった。
 阪神大震災の被災者は不満足の理由として、遮音性の悪さを挙げる人が多く、「隣人の話し声が聞こえる」「道路の騒音がうるさくて眠れない」という意見が寄せられていた。東日本大震災の被災者も、音に気を使う入居者は少なくなく、アンケートでも「会話が筒抜け」「隣に音が響く」などの回答があった。
 宮野道雄・大阪市立大副学長は田老で仮設住宅の狭さを訴える被災者が多い点について、「東日本大震災の被災者は比較的多くの家族で、一戸建ての家に住んでいた人が多く、なおさら住居スペースの狭さを感じているのではないか」と指摘している。
                   ◇
 ≪誰を頼るか≫

「配偶者・子供」最多64・1%

 仮設住宅に暮らしている状況で、緊急時に誰を頼ることができるのかについても、複数回答形式で聞いてみた。
 「配偶者・子供」との回答が最も多く、仙台が62・0%、田老は66・3%。次いで「親類」で仙台46・0%、田老40・8%と、肉親が大半を占めた。「仮設住宅の隣近所」とした人は仙台で23・0%、田老では32・7%だった。
 「市などの行政職員」と回答した人は仙台でゼロ。田老でも6・1%と低かった。
 阪神大震災でも同じような傾向がみられ、産経新聞が平成10年7月、阪神大震災から3年半後に神戸市内の仮設住宅の入居者に実施したアンケートでも、信頼できる人を質問したところ、身内や知人、近所の人とした人が多く、行政職員はわずかだった。
 東日本、阪神いずれの震災も複数の自治体に被害がまたがり、市町村の機能も一時的に麻痺(まひ)したことが、被災者の心理にも影響しているとみられる。
 一方、仮設住宅で親しい友人がいるのかどうか質問したところ、「いない」と回答したのは仙台で32・0%、田老で14・3%だった。このうち、65歳以上の高齢者は仙台で48・4%、田老では14・3%を占めた。阪神大震災の際には、仮設住宅などで高齢者らが誰にもみとられずに亡くなる「孤独死」が問題化、「孤独死」という言葉が“定義”されたといえる。高齢者の孤立化は東日本大震災の被災地でも懸念され、今後、同じようなことが起きないか注意が必要だ。

 ≪現状の点数は≫
就業「満点」と「0点」二極化

 アンケートでは、被災者が今の暮らしぶりを把握するため、「仕事」「生活資金」「住まい」の3項目について、被災前の状況を「10点」として現状に点数をつけてもらった。その結果、いずれの項目も震災前より半減。仮設住宅の入居者だけに、住まいの点数が最も低かった。
 平均点をみると、仙台では仕事が5・9点、生活資金は5・2点、住まいが4・2点。住環境に対する不満が特に高いことがうかがえた。この傾向は田老でも同じで、仕事が5・0点、生活資金は5・5点、住まいが4・3点だった。
 仕事は住まいより平均点は高い一方で、0点をつけた人は3項目の中で最も多く、震災から半年が経過しても、復職できない人が多いことを示している。
 仕事を0点と回答した人は、仙台は21・0%(「マイナス5点」との個別回答含む)、田老では24・6%。特に仙台では、農業の人が0点にしたケースが多かった。3カ月の被災者アンケートでは、仙台で「仕事を再開できない」と答えた人が3割を占め、このうち農業の人は全員が「再開できない」と回答していた。塩害により土壌の入れ替えなどを強いられるなど、農家の苦しむ状況が今も続いていることが浮き彫りとなった。
 一方で、仕事について10点との回答も仙台が32・9%、田老で24・6%あり、就業の面では「二極化」に向かう可能性もみられた。
 生活資金については、10点とした人は仙台12・9%、田老19・8%。約8、9割の人が震災によって何らかの影響を受けていたことがうかがえる。
                   ◇

宮野道雄・大阪市立大副学長(寄稿)

 東日本大震災発生から半年が過ぎた。直後の3月20日頃に被災地に入り、ほぼ半年が経過した8月下旬に被災地を訪れて得た印象を比較すると、がれきの整理は進んでいるものの、復旧までには至っていないというのが実感であった。しかしながら、避難所から仮設住宅などへの転居は比較的順調に進み、岩手県では8月末日までに避難所がすべて閉鎖されることとなった
 仮設住宅については、阪神・淡路大震災でもとくに神戸市では都市の中心地域に空き地が得られなかったため、埋め立て地などの遠隔地に建てられ評判が悪かった。また、仮設住宅の構造上の問題として、高齢者対応になっていないことも指摘された。

 一方、東日本大震災では、津波の危険性から高台に敷地を求めると十分な面積が確保できなかったり、元の居住地から離れてしまったりするとの課題が浮上、建設用敷地の選定については問題が残った。

 また、阪神・淡路大震災から16年が経過し、日本全体の高齢化が進む中で、東北地方の被災地の多くでは全国平均より高い高齢者比率を示すところが多いことから、高齢者対応が求められていた。

 この点について、今回訪れた岩手県遠野市、大船渡市、釜石市、宮古市などの仮設住宅のほとんどで、ケア付き仮設やサポートセンター、ふれあいセンターなどが現在建設中、または準備中の段階だった。仮設店舗などの併設に加え、端末システムによる見守りを行うなど、大きな進展がみられた。

 さらに、仮設住宅の構造や構成にも多様性が現れていた。すなわち従来の軽量鉄骨プレハブ形式の標準タイプに加えて、木造のものも多く、屋根つきのデッキを備えていたり、住棟配置も出入り口を向かい合わせにしたりするなどコミュニティー形成を図っている。
 今後の課題は、仮設住宅に取り入れた福祉のシステムを社会福祉協議会や社会福祉法人、ボランティアなどとの連携でどのように継続性を図っていくかであろう。

 また、被災地における産業や住宅地および恒久住宅の再建が遅れると、若年層の流出による一層の高齢化により、仮設のケアハウスが一時的な利用で終わることができなくなる可能性があり、懸念される。
(産経新聞によるアンケート 9月11日)

「ボランティアまだ必要」岩手の震災支援ネットが報告会

 岩手県遠野市に拠点をおくボランティア団体遠野まごころネットは11日、東京都渋谷区で活動報告会を開いた。震災直後に7団体で発足したネットは54団体に増え、ボランティアは8月までの累計で4万人を超えたという。

 ボランティアを被災地に運ぶバスのチャーター代は月額400万円。佐藤正市代表理事は「ボランティアも経費支援もまだまだ必要です」とあいさつした。

 陸前高田市の斎藤正宏さんは、田畑からがれきはなくなったが花や野菜が育たない現状を伝え「土のバランスが壊れていて復興なんてしていない。力を貸してほしい」と呼びかけた。

 こころのケアを中心に活動をしてきた大関輝一さんと増沢智子さんは、仮設住宅には心に深い傷をもつ人も多く「その人たちの誰一人も取り残すことのないよう取り組んでいく」と報告した。

(朝日新聞 9月11日)

仮設の身障者不安 「夜に何か起きたら…」

身体障害者向けにつくった岩手県大船渡市のバリアフリー型仮設住宅で8月、1人暮らしの60代女性が転倒して顔を負傷し、入院した。この仮設住宅(計6戸)は入居済みの3戸のうち2戸で車椅子の利用者が1人で生活を送っている。女性が転倒した際には、近くの人が偶然、これに気づき救急車を呼んだが、別の入居者は「もし誰も助けてくれなかったら」と不安を募らせている。

 この仮設住宅は身体障害者がいる世帯に限って入居できる。大船渡市盛町の佐倉里(さくらり)公園内にあり、段差をなくした通路やスライド式の玄関など、車椅子の利用者が移動しやすいよう配慮がなされている。道路を挟んでスーパーもあり、買い物も便利になっている。

 入居者らの話では、負傷した女性は8月13日夕、居間から手を伸ばし、外に干していた洗濯物を取り込もうとしたところ、体勢を崩して地面に転倒。砂利に顔を強打した。近くの公園にいた人が見つけ、女性は救急車で病院に運ばれた。女性は5日間、入院した。

 仮設住宅の床から地面までは約55センチあり、あごに痛々しい傷痕が残る女性は「不注意だった私にも責任がある。今後の参考にしてほしいけど、住まわせてもらってるだけでも感謝しなきゃ」と遠慮がちに話す。

 ただ、同じ造りの仮設住宅に夫(55)と2人で入居している別の女性(45)は「誰も気づかなかったら、どうなっていたか。市に『何かあった時に、すぐ連絡がつながるような仕組みを整えて』と頼んだけど『難しい』と言われた」と話す。この女性は6年前、リンパ浮腫を患い、歩くのが難しいが、夫が日中は仕事に行っているため、1人で過ごす時間が長いという。

 身体障害者のいる世帯のみを対象とするバリアフリー型仮設住宅は岩手、宮城、福島の被災3県で大船渡市だけにしかない。市の要望でバリアフリー型仮設住宅を建てた岩手県は今回の事故後、木製のベランダを設けた。市などの「運営支援員」も1日数回、各戸を訪問するようになった。

 市都市計画課の担当者は「支援員を増やすなり、社会福祉協議会などの協力で入居者らのコミュニケーションを深めていくしかないのでは」と話すが、民生委員(66)は「夜間に何か起きた時、どうすればいいかなど課題は残っている」と指摘している。
(毎日新聞 9月10日)


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