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忘れないために<3ヶ月目の備忘録>〜東日本大震災

さちるのつぶやき 其の五十八
大地震から11日で丸3カ月が経ちました。
震災と余震による死者は10日現在で1万5405人。行方不明者は8095人。避難者は9万109人。(警察庁まとめ)

情報登録日:2011-06-11 17:43:04 (sachiru7777)

最終修正日:2011-06-11 17:50:10 (sachiru7777)

被災の市町村6割、生活再建めど立たず 朝日新聞の調査より

岩手、宮城、福島3県の被災42市町村長に朝日新聞がアンケートしたところ、6割余りが被災者の生活再建の見通しが立っていないと答えた。基幹産業の農業・漁業の再開のめどが6割前後の自治体で立っておらず、原発事故も収束していないためだ。最優先課題には約7割が「雇用の確保・創出」をあげた。11日で東日本大震災の発生から3カ月。被災者支援に有効な対策を打ち出せない国への不満が根強い。

 42市町村は、津波被災地や東京電力福島第一原発の事故による避難対象。
 生活再建の見通しが「全く立っていない」「ほとんど立っていない」と答えた首長27人のうち、福島県内が13人を占めた。県内外に避難した住民の帰宅のめどが立たず、復興へ踏み出せない状況がうかがえる。
 街づくりでは、4割近く(15人)が被災地の住宅や商・工業施設のすべて、または一部について高台や放射能の非汚染地域に移転する方針を明らかにした。
 集団移転について態度を決めかねている首長も多く、「被害が甚大な地域では住宅地などを移転」(仙台市)、「漁業者は海のそばに住みたいだろうし、高台に集団移転したい人もいる。住民の希望に応じる」(宮城県七ケ浜町)など検討中の首長もいた。
 解決すべき、最も優先度が高い被災者の生活課題を三つまで選んでもらったところ、「雇用の確保・創出」が最多で29人。「被災者の生活資金支援」「仮設住宅など住まいの確保」と続いた。福島県内の首長に限ると、15人中13人が「原発事故の早期収束・安全確保」を選び、トップだった。
 菅政権の震災対応については「評価しない」「あまり評価しない」が8割近く(33人)を占め、「評価する」はなかった。「民主党内で権力闘争。(政権と被災地の思いが)決定的に乖離(かいり)している」(宮城県気仙沼市)、「スピード、スタンスともいま一つ信頼がおけない」(福島県新地町)など厳しい意見が目立った。
 がれきがほとんど残ったままとする首長は約3割(13人)、仮設住宅の整備が政権目標の8月中旬に間に合わないと答えた首長は3人(宮城県女川町、福島県南相馬市、広野町)おり、復興の進み具合に差が出始めている。復興の目標期間は「5〜10年」(19人)が最多。次いで「5年」が13人、「3年」が5人だった。「10年以上」も2人(岩手県大槌町、南相馬市)いた。
(朝日新聞6月11日)

仮設入居率6割…3県33市町村〜毎日新聞調査より

 岩手、宮城、福島3県の沿岸部31市町村と福島第1原発事故の警戒区域などにかかる2市村の計33市町村で、完成した仮設住宅への入居率が59%にとどまることが、毎日新聞の集計で分かった。

 6〜8日に42市町村に取材。7町村は完成した仮設住宅がなく、2町は「調査中」「集計できない」とした。
 33市町村では仮設住宅が約2万225戸完成しているが、入居済みは約1万1958戸。入居率100%は岩手県宮古市、洋野町、田野畑村、福島県新地町だけだった。
 岩手県陸前高田市の入居率は54%。5月下旬〜6月上旬に完成時期が集中し、日本赤十字社から寄贈されるテレビや炊飯器などの「家電6点セット」が間に合わず、入居が遅れた。市建設課の梅木優主任技師は「完全な状態になるまでお待ちいただいた」と話す。
 入居率15%の宮城県女川町は新たに109戸の追加入居が決まった。ただ、「希望する場所と違う」との理由でキャンセルも出た。同県多賀城市も入居率は33%。抽選で決まりながら「子供の通学が大変」などの理由でキャンセルする例が相次いだが、市は「入居決定分も合わせれば9割は埋まった」と説明する。
(毎日新聞6月11日)

義援金残高1691億円、被災地送金まだ3割〜産経新聞調査より

 東日本大震災で日赤と中央共同募金会に寄せられた義援金2513億円(6月2日現在)のうち、被災した15都道県に送金されたのは約3割の822億円にとどまり、残る1691億円は2団体の元にあることが5日、日赤などへの取材で分かった。

 被害が広範囲にわたり全体像がつかめない中、日赤や15都道県などでつくる義援金配分割合決定委員会(事務局・厚生労働省)が4月に被害ごとの金額の基準を決めた際に想定した被害規模が過大だったことが主な原因。委員会は6日の会合で、追加の支給基準を策定し、残金の配分を急ぐ。

 被災者へ支給された義援金は2日現在で287億円にとどまっている。日赤などから既に送金された分も、窓口となる市町村職員が足りず、戸籍確認や罹災証明発行に時間がかかるためだ。
(産経新聞6月6日)

あきらめない 不明家族の手がかり求め

母や娘はどこに−−。東日本大震災の発生から3カ月。被災地では行方不明になった家族を捜す人たちが今も大勢いる。手がかりも少ない中、不明者への思いは募るばかりだ。
 ◇娘よ…石巻・大川小学校
 児童108人中68人が死亡し、6人が行方不明となっている宮城県石巻市立大川小学校。いまも泥が一面に広がる中、平塚なおみさん(37)が、長女小晴(こはる)さん(12)の長靴と靴下をはいて小晴さんの行方を懸命に追っている。
 最近は同じく行方不明の永沼琴君(8)の父勝さん(41)がショベルカーを操り、泥をかき出す様子を見守ることも多い。週末には夫真一郎さん(44)も加わるが、「もうどこを捜したらいいか分からない。気が遠くなる」。
 「3カ月を機に捜索活動が縮小してしまうのではないか」という不安もある。警察官が口にした「捜索打ち切りはない」という言葉が支えだが、現場では徐々に警察官の数が減っていく。「遺体が見つかるまでは諦められない」。そうつぶやく。
 行方不明の児童は4月下旬から見つかっていない。少しでも手掛かりを求めようと、6月4日の保護者説明会では助かった児童や教員の目撃情報を教えてほしいと学校側に訴えた。
 ◇母よ…陸前高田
 岩手県陸前高田市小友(おとも)町。ウミネコが「ククク」と鳴きながら、がれきの上を飛んでいく。佐々木繁さん(31)は土台しかない自宅の跡地に立ち、ウミネコが飛び去った方を指さした。「2キロ先のあの山の向こうで、父の遺体が見つかりました」。傍らの妻麻里子さん(28)がつぶやく。「お母さんと離ればなれになって、さみしかっただろうな」
 母光子さん(54)はいまだに行方が分からない。死亡届の緩和措置が取られたが、繁さんは届けを出すつもりはない。「31年間育ててくれた人。自分の手で死なせられない」
 3月11日午前8時。会社員の繁さんは光子さんに見送られ出勤した。長距離トラックの運転手をしていた父志津夫さん(54)は夕方出勤のため眠っていた。職場で被災した繁さんは4月3日、冷たくなった志津夫さんを遺体安置所で確認した。津波におぼれたのだろう。ひどく苦しそうな顔を見て、泣き崩れた。
 志津夫さんと光子さんは約35年前に結婚。いつも新婚夫婦のようだった。頻繁に家を空ける志津夫さんは光子さんと毎日何度も携帯電話でやりとりし、家族そろって食卓を囲む時間が大好きだった。
 繁さんは9年前の8月、兄透さん(当時23歳)を事故で亡くした。お互いに離れて住んでいたため臨終に立ち会えず「家族のそばにいなければまた同じ思いをする」と両親と同居する決意をした。3年前に実家を建て増しし、麻里子さんと結婚。「4人で頑張るべし」。その矢先の津波だった。
 現在は大船渡市内にある麻里子さんの実家に身を寄せる。光子さんを捜して、自宅の跡地や遺体安置所を何回歩いただろうか。見つかったのはパーカのような服1枚だけだ。被災後、光子さんが大事にしていた月桂樹の木を自宅から麻里子さんの実家の庭へ移植した。繁さんが小学生のころ、親子競走で優勝した時にもらった記念品だ。
 志津夫さんは自宅と海を望む高台の墓地に透さんと眠る。透さんの月命日の20日は墓参りを欠かさなかった光子さんにかわり、いまは繁さんが墓前に手を合わせる。
 「早く一緒にしてあげたい」
(毎日新聞6月11日)

被曝の東電社員2人、600ミリ・シーベルト超

 東京電力福島第一原子力発電所の30代と40代の男性社員2人が緊急作業時に認められる被曝(ひばく)量の上限250ミリ・シーベルトを超えた問題で、東電は10日、さらに50代の男性社員1人について上限を超えた恐れが高いと発表した。
 30代と40代社員の被曝量は、それぞれ678ミリ・シーベルトと643ミリ・シーベルトに確定した。
 厚生労働省は同日、労働安全衛生法違反で同社に是正勧告した。今後、限度を超えて被曝した作業員が出た場合、書類送検も検討するとしている。
 東電によると、30代社員は外部被曝が88ミリ・シーベルト、内部被曝が590ミリ・シーベルトで、40代社員は外部被曝が103ミリ・シーベルト、内部被曝が540ミリ・シーベルト。2人とも放射性物質を吸い込むことなどによる内部被曝が80%を超えた。
 50代社員は3月11〜14日にかけて、当直長として3、4号機の中央制御室で対応などにあたり、15日以降も事故対応拠点の免震重要棟で勤務していた。既に110ミリ・シーベルトの外部被曝が判明しており、今後、内部被曝量の精密な測定を行う。今のところ、健康に異常はないという。
 地震発生から5月末までに同原発で働いた作業員は8400人以上に上るが、内部被曝検査を受けたのは約3300人で、4割に満たない。
(読売新聞6月11日)


被災地の学校給食の現状

これが本当に同じ日本なのだろうかと、テレビに映し出される、被災地の学校給食の内容に驚きを隠せませんでした。
中学生の育ち盛りの子を持つ親としては、その旺盛な食欲を知るだけに、
本当に何とかならないのか!と叫びたくなります。(さちる)

**牛乳とコッペパン1個、体重5キロ減 「被災地驚きの学校給食メニュー」**
育ち盛りの子どもが、パン1個と牛乳で、おなかを満たせるはずがない。しかし、震災被害の大きかった被災地の公立学校の多くで、そんな給食が続いている。飽食ニッポンの出来事とは思えないが、役所の頭の固さもあって、改善しそうにない。
 がれきがまだ手つかずのまま積み上がっている雄勝地区に、石巻市立大須中学校はある。鎌田鉄朗教頭は困った表情を隠さずに、こう打ち明けた。
「みんなおなかを減らしています。生徒の中には一時期、体重が5キロ減った子がいました。私自身も6キロ減りました。何とかしようと、生徒を連れて近くの山でバーベキューをしたり、家庭科室でカレーを作ったりと、いろいろと工夫をしているところですが……」
 岩手、宮城両県では、4月20日から21日にかけて多くの公立学校が再開し、それに合わせて学校給食も始まった。だが、各地の給食センターが東日本大震災で被害を受け、完全給食を提供できない自治体もある。5月現在、宮城県石巻市、東松島市、女川町、南三陸町、利府町、登米市、岩手県陸前高田市、釜石市の8市町約3万2千人の子どもたちの多くは、昼時、パンと牛乳しか出されていない。
 8市町のうち児童生徒数が最も多い石巻市では、六つある給食センターで1万5千食を作っていた。しかし、うち7千食をまかなう湊地区と渡波地区の二つのセンターが津波で半壊し、復旧のめどが立っていない。
 残る4センターのうち3カ所は修繕を急ぎ、6月からは何とか再開できる見込みとはいえ、レトルト食品を1品付ける程度。完全給食には程遠い。
 市内の中学校に通う藤井舞花さん(14)は言う。
「放課後にテニス部の練習がありますが、おなかが減って仕方がない。給食が足りないから、本当はいけないのだけど教室にこっそりご飯を持ち込む人もいます。早く元の給食を食べたい」
 石巻市内にある中学校の5月第2週の献立表を見て驚いた。
「9日(月)牛乳とココアパン、10日(火)牛乳とチーズパン、11日(水)牛乳と金時豆パン、12日(木)牛乳とココアパン、13日(金)牛乳とバターコッペパン」
 18日からジャムや冷凍果物などが付くようになったが、育ち盛りの子どもたちに、具なしパン1個と牛乳200ミリリットルでは、腹をすかせるな、というほうが無理な話だ。
 文部科学省が定めた学校給食摂取基準によると、小学校中学年の基準エネルギー量は660キロカロリー。パン1個と牛乳の「簡易給食」では、7割前後しか満たせない。鉄分は基準の2〜3割、ビタミンCに至っては1割以下しかとれない。
 中学生になれば、不足分はより多くなり、現在の給食で摂取できるのは基準値の半分程度だ。
 中学2年生の娘を持つ石巻市在住の佐藤明美さんは言う。
「娘が学校でバレーボールをやっていますが、給食が足りていないようです。もうすぐ1品増えると聞いているが、それでも不安です」
 社会福祉法人龍岡会の管理栄養士、小林美緒さんは、家や避難所で何を食べているかが前提になると前置きしたうえで、子どもたちの健康を心配する。
「簡易給食のままでは栄養不足なのはもちろんですが、特にビタミン関係が足りない。この状態が長く続くと、子どもたちのなかで、欠乏症が出てこないか気になります」
 対策はあるのか。
「ゆで卵やチーズがあるだけでも栄養価は高まります。調理が難しければ、市販の栄養機能食品でもいい。運動部で体を動かす子には、おにぎり1個でもつけてあげるなど、工夫はできるはずですが……」(同)
 学校側も、子どもたちの給食が足りていないことはわかっている。給食が十分に提供できないなら、家から弁当を持ってくるようにしたらいいのではないか。
 冒頭の大須中学の鎌田教頭は言う。
「学校給食は学校が生徒に昼食を供給する制度だから、給食費を徴収している。家から食べ物を持ち込むことは認められないんです」
 だが、いまは非常時だ。特例として、持ち込みを認めたらいいのではないだろうか。
 石巻市教育委員会学校管理課に尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「学校から給食が足りていないとの電話はよくもらいます。ですが、給食が出ているのだから、教育委員会としては児童生徒のお弁当の持ち込みは認めていませんし、ましてや特例を出す考えもありません。第一それをしたら、お弁当を持ってこられる子、こられない子が出てきて、公平性が損なわれます」
 石巻市の場合、次第に再開する食料品店も増え、学校から少し歩けば、スーパーの総菜コーナーに寿司やとんかつ弁当などが並んでいる。だが、校内にいる限り、子どもたちにそうした食事が行き渡ることはない。
 では、仕出し弁当を出すというアイデアはどうか。
「それも教育委員会としては考えていません。仕入れの八百屋さんが被災している場所もあるでしょうし」(学校管理課)
 だが、8市町のうち、仕出し弁当を給食として出している自治体はある。陸前高田市は月曜から金曜まで毎日1600食分、東松島市は月・水の週2回それぞれ3900食分、市内の全児童生徒に温かいお弁当を提供している。
 東松島市矢本学校給食センターの川田幸一所長はこう説明する。
「簡易給食では栄養、量ともに足りない。避難所から通う子どもたちのためにも何とかできないかと考え、外注弁当を出すことにしました。おかずが3品程度で完全給食よりカロリーは低いが、パンと牛乳よりはるかにましです」
 東松島市の給食予算は小学校が1食258円、中学校が317円で、外注弁当にすると予算をオーバーするが、超過分は市の予算に計上しているという。
 東松島市の場合、給食の管理が、教育委員会ではなく学校給食センターに委ねられている。現場の実情をより知る立場にいるからこそ、こうした臨機応変な対応ができる。
 それにしても、同じ被災地の子どもなのに、通う学校によって一方ではパン1個、かたや毎日温かいお弁当が食べられる。この「給食格差」を埋める手立てはないのだろうか。
 文部科学省スポーツ・青少年局学校健康教育課の郷路健二課長補佐はこう言う。
「被災地の状況はわかっていますが、持ち込みは食育、仕出し弁当は衛生基準の観点から国として推奨することは難しい。その代わり、第1次補正予算で特例交付金113億円を計上し、簡易給食でもおかずなどを増やせるようにしました」
 被災地の食材不足は解消しつつある。なのに、十分な給食が行き渡る見込みさえ立たない地域は依然多い。栄養不足で体に変調をきたす子どもが現れる前に、早急な対策が必要だ。
(週刊朝日5月31日かたやま・まさよし)


**ハンバーガーにゼリー…給食、“復旧”なかば**

 東日本大震災から2カ月半を過ぎ、当初の物資不足を耳にすることは少なくなった。しかし、福島県の学校には今も質・量とも不十分な“不完全給食”を食べ続けている子供たちがいる。原発事故、予算不足、給食センターの損傷…。原因はさまざまだが、保護者らからは行政の対応を批判する声も上がっている。(小野田雄一)
 5月24日昼過ぎ、福島県南相馬市の鹿島小学校。4年生の給食の時間を見学した。
 この日の献立はハンバーガーとゼリー。子供たちは直径約10センチの肉とレタスを自分でパンに挟み、「肉汁がおいしい」などと笑顔を見せた。中には配膳から5分足らずで食べ終えた男の子も。担任教諭に「おかわりある?」と尋ねたが、返ってきた言葉は「売り切れ」。「まだおなかに空きがあるんだけどな」と頬を膨らませた。
 23日「おにぎり・煮豆・カットグレープフルーツ」▽25日「梅おにぎり・のり・豚汁」▽26日「パン・フライドポテト・小魚・バナナ」▽27日「五目ずし・ゆで卵・メロン」−。最近1週間の献立だ。品数や食材数は本来からほど遠いが、同校の門馬正純校長は「これでもかなり充実してきた。地震当初はおにぎりとヨーグルトだけなどだった」と振り返る。
 完全な給食が出せないことについて、市教育委員会は複数の理由を挙げる。
 第1は調理能力の不足で、背景は少し複雑だ。
 南相馬市は小高・原町・鹿島の3行政区から成るが、原発事故で小高・原町両区の大半が原発から半径30キロ圏内の避難区域に指定された。子供の安全に配慮した市は、両区内の学校授業を、30キロ圏外の鹿島区内の各学校で実施。必然的に、鹿島区内の学校に通う子供が急増した。
 震災前、鹿島区の学校給食は、1300食の調理能力を持つ給食センターが担ってきた。しかし、現在では必要な給食数は約2700食に増えた。さらに小高・原町両区には給食センターがなく、各学校が自前の調理室で給食を作ってきた経緯もあり、調理能力の早期改善は見込めない。
 予算の問題もある。市教委は被災した保護者に配慮し、現在、給食費を徴収していない。その代わり市が1食200円を補助しているが、市教委は「本来の給食は1食280円以上。金額的に十分な献立を用意するのは厳しい」という。
 一方、同県いわき市でも、パンと牛乳にハムやチーズなど1品を加えた献立が続いている。市内8カ所の給食センターが地震で損傷し、復旧していないためだ。市教委は「6月ごろから、調理した給食を提供できるよう急いでいる」と説明する。
 南相馬市教委は「保護者からは『子供が栄養不足になる』『そんな給食が続くなら弁当を持たせたい』などのお叱りも受けている」と明かす。しかし、弁当については「子供の間に格差が生まれてしまうため、お断りしている」という。
 こうした行政に対し、市民からは「無策」だと批判する声も上がっている。
 同市の男性(37)は「調理能力が不足しているなら、外部に委託すればいい。予算に関しても、子供の成長はお金に換算できず、補助の増額や育児支援団体に資金援助を求めるなど、方法はあるはずだ」と指摘。別の男性(28)も「外部委託しないのは、調理師の職を守るためではないか」と疑念を述べた。
 こうした声に、市教委の担当者は「外部委託は衛生管理や食品アレルギー対策などが不十分になる恐れがあり、簡単にはできない。予算については、市の財政が厳しく、やむを得ない。われわれも支援物資を給食用に優先的に回してもらうなどの努力を続けている」と苦しい胸の内を明かした。同市は2学期以降の完全給食の実施を目指しているという。
(産経ニュース5月28日)

「福島から世界へ声を」 子ども持つ親ら集会

 東日本大震災と福島第1原発事故の発生から3カ月に合わせ、子どもを持つ福島県内の親らでつくる市民団体「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」が11日、原発問題を考える集会を福島市内で開いた。参加者は「世界中で原発を考える集会が開かれている。福島から世界へ声を届けよう」と呼び掛けた。
 計画的避難区域に指定されている同県飯舘村の佐藤健太さん(29)は「放射能という津波の中にもまれ、苦しんでいる」と不安におびえる村の現状を説明。「子どもたちの中で1人でも放射線による病気になってはいけない。大人たちが未来を守るために行動を起こすべきだ」と訴えた。
 母親らは「原発の情報が県民には与えられなかった」「事故後の線量が高いころに、マスクもせず子どもと外に出た。『安全だ』という言葉を信じ後悔している」などと次々に不満を口にした。
(東京新聞6月11日)


**伊達市、子ども8千人に線量計 独自に健康管理**

 福島県伊達市は9日、福島第1原発事故で放射線に対する住民の不安が高まっているとして、市内の小中学校と幼稚園、保育園に通う児童、生徒、園児約8千人全員に線量計を配布し、市が独自に健康管理すると発表した。
 伊達市は、計画的避難が進む同県飯舘村に隣接。市内の一部に放射線量の高い「ホットスポット」と呼ばれる地区があり、子供を持つ親を中心に健康不安が高まっている。
 市によると配布対象は小中学生約6千人と園児約2千人。
(共同通信6月9日)


**ホットスポットの調査開始 福島・伊達市の650カ所**

福島県は11日、福島第1原発事故の避難区域外で空間放射線量が高く、年間の積算線量が20ミリシーベルトを上回る恐れがある「ホットスポット」のある同県伊達市で、住宅や道路計約650カ所の詳細な放射線調査を国と共同で始めた。
 調査員30人が2日間かけ実施。住宅は市内の霊山町小国地区など3地区485世帯の庭と玄関先で測定、道路は国道115号など3路線の計約16キロを100メートルおきに調べる。ホットスポットの分布を正確に把握し、今後の対策を練るための基礎資料とする。
 伊達市霊山町下小国の農業佐藤好孝さん(73)宅では、調査員が地面から高さ0・5メートルと1メートルの放射線量を測った。暫定値で毎時1・4〜2・2マイクロシーベルトとの結果に佐藤さんは「自分で測ったより低く、少し安心した。計器を持っていない人もいるのでありがたいと思う」と話した。
 伊達市は、計画的避難が進む同県飯舘村に隣接。市民の不安の高まりを受け、市は子供を持つ家庭に自主避難を促すなど独自の対策を進めている。県内のホットスポットをめぐっては、政府が計画的避難区域の追加指定を検討している。
(東京新聞6月11日)

京滋避難者、3割永住検討〜京都新聞アンケート調査より

東日本大震災の影響で京都、滋賀両府県に避難している被災者50人を対象に京都新聞社がアンケートしたところ、帰郷の見通しが立たず、京滋での永住を検討している人が約3割に上っていることが分かった。生計のめどが立っていない人は過半数を占め、不安定な生活ぶりが浮き彫りになった。
 県別内訳は福島42人、宮城6人、茨城2人。避難期間の見通しを聞いたところ「永住も検討」が14人で最多だった。多くの人が故郷の放射能汚染を懸念しており「1年以上」10人、「分からない」13人を合わせると7割以上の人が帰郷の見通しが立っていない。
 生計のめどについては「立っていない」が26人。「生計を支える家族が就職活動している」が23人に上ったが、うち14人は仕事が見つかっていない。
 職探しの苦労では、「前職の経験を生かせる仕事がない」6人▽「希望の業種、職種がない」3人▽「賃金の条件が合わない」3人―など、求人とのミスマッチが目立った。就職活動していない人は、年金生活者が多い。「高齢で職探しはあきらめ、生活保護を受けた」(60代女性)という人もいた。
 避難生活が長引く中で、「いまだ職が見つからず、3人の子どもを養い続けられるのか途方に暮れる」(30代男性)、「地元自治体からの義援金や補償金の払い込みが遅い」(40代男性)と経済的な苦境を訴える声が目立った。「家賃が発生すると、年金だけでは支払えない」(70代女性)など、最長1年とされている公営住宅の無償入居期間の延長を訴える人も相次いだ。
 アンケートは5月下旬〜6月上旬に実施した。
□1000人超、増加続く 京滋両府県調べ
 東日本大震災で被災地から京都と滋賀に避難している人は、両府県が10日現在、把握するだけで、計1008人(京都610人、滋賀398人)となり、1千人を超えた。
 1カ月前に比べて177人増え、福島の人が約7割を占める。原発事故や放射能の影響を懸念して避難してくる人が多く、発生から約3カ月たってなお、避難者は増え続けている。
 1カ月前に比べ、京都は49人、滋賀は128人増えた。府によると、この1カ月で新たに避難してきた人の大半は、福島第1原発から50キロ以上離れた福島市や福島県郡山市、茨城県、千葉県などからの自主避難者だ。子どもが外で遊べなかったり、窓を閉め切る生活が続き、夫を現地に残して母子だけで避難する世帯が多いという。
(京都新聞6月11日)

復興釜石新聞が創刊  避難住民ら「助かる」

 東日本大震災の津波被害のため、休刊となった岩手県釜石市の地元夕刊紙「岩手東海新聞」の元記者らが中心となって作る「復興釜石新聞」が11日創刊され、市内の避難所や仮設住宅などに配られた。
 水曜、土曜の週2回、生活関連のニュースや市の災害対策本部情報を4ページで伝える。第1号は野田武則市長へのインタビュー記事のほか、被災した記者の体験記、市内各地の被害を写したカラー写真など6ページ構成。
 仮設住宅で暮らす男性(46)も、郵便受けに届けられた新聞を広げて「これは助かる」と話した。
(共同通信6月11日)


震災で離職4割〜河北新報社アンケート調査より

 東日本大震災の発生から11日で3カ月。死者・行方不明者約5800人を数え、最も深刻な被害を受けた被災地の一つ、宮城県石巻市の住民を対象に、河北新報社は仕事や収入、住宅の確保など生活基盤の実態に関するアンケートを実施した。震災で仕事が続けられなくなった人は4割に上り、収入がない世帯も3割に達した。自宅改修・再建の見通しが立たない世帯は半数近い。多くの被災者は生活再建に向け依然、厳しい状況にある様子が浮き彫りになっている。

 震災後の仕事の変化で最多となったのは「続けられなくなった」で40.4%。「量と内容が変わった」の15.1%と合わせて半数以上が仕事面で影響を受けており、漁業や水産加工業、製造業など市の基幹産業が軒並み大きなダメージを受けた影響とみられる。
 避難所や自宅など現在の居住形態別に「仕事が続けられなくなった」割合を見ると、避難所は52.7%、仮設住宅も41.4%で、自宅は24.4%。自宅に住めず仮住まいを強いられている被災者は、仕事面でも大きな影響を受けている。
 世帯収入の変化で最多は「減った」の36.9%。「収入がなくなった」も2番目に多い30.2%に上り、収入面のマイナスの影響は3分の2を超えた。
 「収入がなくなった」を居住形態別に見ると、自宅の16.3%に対し、避難所は43.6%で、3倍近い開きがあった。
 「減った」世帯の収入の減少率は2割以上4割未満が37.3%で、最も多い。4割以上6割未満は30.1%、6割以上も21.7%あった。
 自宅再建・改修の見通しに関しては「ついていない」が46.2%、「決めかねている」13.3%。「ついていない」を居住形態別に見ると、自宅の30.2%に対し、避難所は57.3%、仮設住宅が51.7%と、ともに5割を超えた。
 石巻市の沿岸部は防潮堤の損壊や地盤沈下で、浸水被害を受けている地域が目立つ。震災前に住んでいた場所から移りたいかどうかは「希望しない」が43.6%、「希望する」は33.3%、「迷っている」が16.9%だった。
[調査の方法]6月2、3の両日、石巻市内の被災者を対象に面接形式で実施し、225人から回答を得た。居住形態の内訳は避難所110人、自宅86人、仮設住宅29人。居住地は合併前の旧石巻市内が106人、旧市外は119人。設問は選択式と自由回答で行った。
(河北新報社6月11日)

県内避難者数なお2万人超〜岩手県

 東日本大震災の発生から11日で3カ月。県災害対策本部の10日午後5時現在のまとめでは県内の死者数は4532人、行方不明者数は2787人に上る。全避難者数は発生当初から半減したもののまだ2万人超。仮設住宅は7月上旬までに全戸を整備予定で、現在は半分の7千戸余が完成した。一方、岩手日報社が行った岩手・宮城内陸地震の被災世帯アンケートでは、3年で住宅再建にめどが付き始めたことが分かった。今後、仮設住宅での自立が始まる震災の被災者。早期の生活再建へ支援は第2ステージに入る。

 県内の避難者数は34市町村で2万1183人(6日現在)。うち9998人が336カ所で避難所生活を送り、1万1185人が在宅避難を続ける。

 県は7月上旬までに仮設住宅1万4千戸の整備を終える予定だが、10日現在、まだ半数の7056戸しか完成していない。

 沿岸の多くの市町村は7月末までの入居完了を目指しており、今後、多くの被災者が避難所から移り自活を求められる。国や自治体の雇用や資金面の生活再建支援は急務だ。
 被災者への義援金交付状況は10日現在、対象となる3万1731件のうち1万8617件と58・6%。県は6月中に80%以上の支給を目指し、市町村と連携して給付事務を進める。
 がれき撤去は仮置き場として300ヘクタールが必要とされる中、143ヘクタールを確保。岩泉町など沿岸中部で仮置き場への撤去が完了する自治体も出始めた。ライフラインはほぼ復旧し、大船渡、陸前高田など4市町1193戸で続く断水は今月中に解消できる見通しだ。
 医療機関では全壊した高田、山田、大槌の3県立病院のうち既に仮設診療所を開所した大槌に続き、高田、山田でも7月中をめどに開設を進めていく。
(岩手日報6月11日)






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