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心のケアへの取り組み〜東日本大震災

さちるのつぶやき 其の五十三

まだまだ 水や毛布、乾パンといった命綱の物資の輸送もままらない状況です(3月20日現在)が、
少しずつ始まった被災者への<心のケア>に関連した各地の動きを 見つけ次第どんどん紹介していきたいと思います。

情報登録日:2011-03-20 14:37:14 (sachiru7777)

最終修正日:2011-04-06 18:46:31 (sachiru7777)

防災缶(避難生活支援キット)

立命館大歴史都市防災研究センターが、
被災者、特に女性やこどものたちのストレスケアに役立てようと、
かねてから開発していた<防災缶>を被災地に届けることを決定した。

自動販売機にも搭載可能な<防災缶>には、
止血用ガーゼや消毒綿などがはいる カラダの安心缶「看」
カード型ラジオなどが入る 徒歩帰宅時の安心缶「帰」
厚手ソックスなどが入る 就寝時の安心缶「夜」
などの4つのコンセプトがあるが

今回は、女性の心を安定させることを支援する安心缶「美」
を届けるとのこと。

提供の協力が呼びかけられているのは、
・ドライシャンプー  ・エッセンシャル(アロマ)オイル(柑橘系)
・リップクリーム  ・マウスウォッシュ(または、携帯用歯みがきセット)
・ハンカチ  ・イヤーキャップ(耳栓)
・ヘアピン・ゴム  ・ミラーシール
・携帯アラーム  ・LEDライト

支援物資の数量は、最低100個以上。
原則として、防災缶(サイズ:直径66mm×高さ94mm)に入るサイズのもの。

 【問い合わせ、ご提供物資送付先】
 立命館大学 歴史都市防災研究センター「防災缶支援物資」係(平日9:30-17:00)
 〒603-8341 京都府京都市北区小松原北町58 
 TEL:075-467-8801  FAX:075-467-8825  
 E-mail:rekibou@st.ritsumei.ac.jp(@を半角に置き換えてください)

リンク東北地方太平洋沖地震「防災缶」緊急支援合同プロジェクトへのご支援のお願い

リンク立命館大学「防災缶」について

女性用下着 仙台へ

京都市は、女性用下着(ショーツ)約8000枚をトラックで仙台へ輸送。(3月19日16時)


株式会社ワコール(京都市南区)から,大規模災害が発生した際,不足が予想される生活必需品として平成19年8月に寄付され、備蓄していたもの。
3枚一組で紙袋に梱包してある。

リンク東北地方太平洋沖地震に伴う京都市の支援状況等について

がれきの中にあったアルバムや写真を持ち主に引き渡すボランティア

 「思い出が詰まった大切な写真を持ち主に返したい」。300世帯以上が津波被害を受け、30人が犠牲になった岩手県野田村で、地震後に帰省した大学院生らが20日、がれきの中にあったアルバムや写真を持ち主に引き渡すボランティアを始めた。泥だらけのアルバムをめくって「うちのだ」と喜ぶ被災者もおり、周囲は笑顔に包まれた。(3月21日毎日新聞)


温泉を無料開放

身も心も温めて――。福島市北部の飯坂温泉で、避難所生活が続く被災者ら向けに、温泉を無料開放する動きが広がっている。旅館の経営者らは「温泉につかって、少しでも元気を出してもらえれば」と話す。

 「被災された方 よろしかったら お持ちください」

 13日から無料開放を始めた飯坂温泉の老舗「なかむらや旅館」。待合には、こんな案内とともに無料のタオルや近くの住民が持ち寄った防寒具や下着などが置かれている。風呂を求めて訪ねてきた被災者に入浴してもらったところ、口コミで情報が広がり、毎日約300人が訪れる。 (朝日新聞3月19日)

避難所トイレの衛生確保へ 滋賀県、し尿収集車など20台派遣

東日本大震災の被災地でし尿処理を支援するため、滋賀県環境整備事業協同組合の会員業者の従業員ら34人が20日、大津市を出発した。宮城県内の避難所のトイレや仮設トイレなどの衛生状況を保つために7日間にわたって活動する。
県内14業者が2〜4トンのし尿収集車など車両20台を出し、県職員3人も同行する。(京都新聞3月21日)

津波で散乱したアルバムを持ち主へ

笑顔でピースをする子どもたち、神社での結婚写真、温泉旅行――。そんな写真が収められたアルバム200冊ほどが、岩手県山田町役場に展示されている。津波で街中に散乱していたのを住民が拾い、「持ち主のもとに返してあげて」と持ち寄った。持ち主が見つけることもあり、思い出が少しずつ、家を失った被災者のもとに返っていく。
町役場1階ロビーの机の上や段ボール箱に、泥のついたアルバムが並ぶ。持ち主が見つけやすいように、アルバムの一部はページを開いて写真が見えるようにしている。足を止め、家族や友人の写真がないかと、ページをめくる住民が絶えない。 (朝日新聞3月22日)


熱海市観光協会が 歯ブラシなどの洗面用具を被災地へ

静岡県熱海市観光協会が、福島県郡山市の観光協会の要請に応えて支援物資の提供を呼びかけたほか、焼津市の水産会社は乗組員の故郷・宮城県に物資を積んだ巻き網漁船を出港させた。
熱海市観光協会(森田金清会長)には、姉妹提携先の福島県郡山市の磐梯熱海温泉観光協会を通じ、被災者の情報が寄せられた。ほとんど着の身着のままの状態で避難所に身を寄せた人もおり、「洗面道具がなく、口の中や顔が気持ち悪い」などの声が出ているという。
熱海市観光協会は市内の旅館やホテルなど140施設に物資の提供を呼びかけ、21日、54施設からタオル1万7050枚、歯ブラシ8000本、パックご飯700食などが寄せられた警察から緊急通行車両確認標章が交付され次第、会員所有の3トントラック1台で出発し、磐梯熱海温泉観光協会を通じて被災者に配る。森田会長は「国民として今出来ることをしたい」と話している。
焼津市中港の福一漁業(近藤一成社長)は20日午前、巻き網漁船第112福一丸(349トン)に、ホームページなどで供出を呼びかけた水や、カップめん、紙おむつなどの支援物資を積み込み、宮城県石巻湾方面に向けて出発した。
同社の僚船6隻は、赤道付近でカツオ漁の途中、無線で地震発生を知り、焼津港に引き返した。日本人乗組員計約70人の多くが宮城県出身。家族の無事は確認出来たが物資の窮乏が深刻と聞き、同県の離島や被災地を海上から支援することとした。
第1陣は出発済みで、第2陣の福一丸出発に向け19日、同社の倉庫では従業員とボランティア約20人が、続々と寄せられる物資を食品、衛生用品、日用品に分類していた。(読売新聞3月22日)

心のケアチーム、仙台市に派遣へ

 東日本大震災19 件の被災者の精神的ケアを行うため、香川県は23日から、香川県立丸亀病院の精神科医ら計5人で編成する「心のケアチーム」を宮城県仙台市に派遣する。避難所などを周り、震災19 件による緊張や不安、不眠などを訴える住民の診療やサポートに当たる。
 派遣されるのはいずれも香川県職員で、同病院の精神科医と看護師各1人、障害福祉相談所などの臨床心理士2人、子ども女性相談センターの職員1人。5人は23日早朝に高松を出発する。(四国新聞3月23日)

被災者に入浴サービス 旅館ホテル組合準備

一時受け入れ500室めざす
 県内に避難してきた東日本巨大地震の被災者について、県旅館ホテル生活衛生同業組合(佐藤良治理事長、163業者)は、無料で入浴してもらえるよう準備を進めている。同組合は県と災害時入浴施設提供協定を結んでおり、県からの要請に即応できるよう、加盟全業者に通知した。今後、避難者を受け入れる公的施設が飽和状態になり、県などから協力を求められた場合に備え、一時受け入れ用に500室の確保を目指すという。
 同組合と県は2009年5月、同協定を締結。地震など大規模災害の発生時に避難施設が不足した場合、県からの要請で、加盟する全ての旅館やホテルが被災者に対し、入浴サービスを無償提供することになっている。
 今回の地震を受け、県内の公的施設や県営・公営住宅でも被災者の受け入れが始まっている。県は「現時点ではまだ、入浴施設のある避難所などに余裕があるが、今後、受け入れが増えた場合には組合側に要請することを検討する」としている。(読売新聞3月23日)


ボランティア多彩 旭の避難所

理容、マッサージ、話し相手・・・「ありがとね」の声に笑顔
津波で多くの人が家を失った旭市の避難所では、4か所の食事の提供をはじめ、理容やマッサージなど様々なボランティアが活動して避難者の生活を支えている。4か所ある避難所の一つの保健福祉センターでは22日、NPO法人が昼食を提供し、中学生がお年寄りに声をかけるなどして勇気づけた。(読売新聞3月23日)


ペットと避難 支援進む

東日本巨大地震で、被災地からペットと共に県内に避難してきた人たちの支援態勢作りが進んでいる。中越地震、中越沖地震の際も、ペットと避難する被災者が多数いたことを踏まえ、県と新潟市、県獣医師会、県動物愛護協会は18日に「動物救済本部」を設置。ペットと触れ合うことが被災者の心の癒やしにもなることから、安心して共生できるよう、県内数か所の避難所に専用スペースを設け、飼育用品を提供したり、獣医師による健康相談を行ったりしている。(読売新聞3月23日)

 

避難家族のペット、一時預かり…川崎の動物病院

 東京電力福島第一原子力発電所周辺から、ペット連れで避難してくる人たちのために、川崎市獣医師会長の馬場国敏さん(62)が、ボランティアで飼い犬などの一時預かりを始めた。 21日現在、犬1匹を受け入れており、22日にも犬2匹を受け入れる予定。
受け入れ動物の世話を手伝うボランティアも募集している。問い合わせは、馬場総合動物病院(044・777・1271)へ。(読売新聞3月22日)


心のケア、阪神の専門家が乗り出す ボランティアらに「謙虚な姿勢」求める

東日本大震災の被災者に対し、阪神大震災被災者への精神的支援「グリーフ(悲嘆)・ケア」を行ってきた上智大グリーフケア研究所(兵庫県尼崎市)の高木慶子所長(74)らが近く、現地などでケアに乗り出すことを決めた。街が流された喪失感は阪神大震災以上とみられ、高木所長は「細やかな配慮が必要」と指摘。被災地や避難先で支援するボランティアらに対しても「被災者を傷つけないよう、謙虚な姿勢を忘れないで」と訴えている。
心のケアの専門家以外の支援者やボランティアが被災者に接する際の注意も呼びかけ、高木所長は「『私はあなたの苦しみを理解することはできません。許してください』という謙虚な気持ちで被災者の言葉に耳を傾けてほしい」と訴えている。(産経新聞3月22日)

「足湯で心も癒やして」 宮城・南三陸町でボランティア

宮城県南三陸町志津川地区で避難所となっている小学校で、ボランティアが足湯をつくり、被災者の足と心を癒やしている。足湯はボランティアが廃材を活用してつくり、被災者と協力して運営。(産経新聞3月21日)

東日本大震災 「人工透析患者を救おう」 全国施設へ続々搬送

東日本大震災で被災したり、東京電力福島第1原発の放射線物質(放射能)漏洩(ろうえい)で退避が必要になったりした人工透析患者を救おうという取り組みが全国に広がっている。千葉県や東京都など関東地方の病院を中心に、数百人単位での移送が進んでいる。未曾有の大災害では「地域外に運んでの治療」も必要とされている。(産経新聞3月22日)

地元離れる18歳が活躍 「アンパンマン」の紙芝居や鬼ごっこで子供に笑顔

約200人が避難生活を送る岩手県宮古市の市立宮古小学校で20日、高校を卒業したばかりの3人の若者がボランティア活動の一環として、紙芝居の読み聞かせやゲームをして子供たちを楽しませた。
 避難所の幼児や小学生13人が参加。人気キャラクター「アンパンマン」の紙芝居に聞き入ったり、鬼ごっこに熱中したりして、「絶対にまた来てね」と笑顔で見送った。(産経新聞3月20日)


被災した子供たち、台湾へどうぞ ホームステイ呼びかけ

東日本大震災で家を失った子供たちに、台湾でホームステイしてもらおうという支援の動きが出ている。日本留学経験者で日台交流を進める李鴻鈞・立法委員(国会議員)らが呼びかけたもので、旅費を台湾側で負担し、2週間から1カ月をめどに、小学生から大学生まで希望者を募りたいとしている。すでに100世帯が受け入れ可能だという。
 李委員は「生活を立て直すには、一時的にお子さんを外へ預ける方がいい場合もあるでしょう。日本はちょうど春休みだから、台湾の文化を学びに来てほしい」と話す。
 受け入れの中心を担うのは中部の彰化県。張瑞浜・副県長は「外国人に滞在してもらった経験のある家庭が多くあるから任せてほしい」と歓迎している。地元には日本語を話せるお年寄りや日本語を学ぶ若者が多く、言葉の心配も要らないという。(朝日新聞3月23日)
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社説:災害弱者の救済 孤立させない支援を

毎日新聞3月23日社説
し始めても、最後まで取り残される恐れがある。被災地で孤立している「災害弱者」を早く助け出し必要な支援を結びつけてほしい。

 発達障害の人は日常生活の変化が苦手で、不安になって奇妙な行動をしたり、働きかけに強く抵抗したりする場合がある。感覚刺激に対する独特な過敏さや鈍感さから必要な治療や支援が受けられない人もいる。外見上は障害がわかりにくいために誤解され、周囲とトラブルになることも多い。また、聴覚障害者や視覚障害者は情報が届かずに被害にあい、被災現場でも孤立していた人が多い。専門の医療・福祉スタッフ、手話通訳者たちが自発的に被災地に入っているが、被害の範囲が広くて支援が追いつかないのが現状だ。

 避難生活が長期化するのを覚悟して遠隔地に集団で疎開する障害者や高齢者も目立つ。福島第1原発の周辺の施設にいた500人以上は近隣各県や関東の福祉関係者を頼って続々と避難している。支援スタッフが被災して同行できない場合も多い。持病がある人もおり、慣れない地域での生活には手厚い配慮が必要だ。

 こうした福祉関係者の間には全国的にネットワークがあり、ふだんから情報交換しているところが多い。被災直後からメールで援助のニーズを発信し、それを受けて遠方の事業所がスタッフを派遣してきた。被災地が混乱している間はこのようなネットワークを生かした自発的な救援活動に頼らざるを得ないだろう。

 ただ、被災地に職員を派遣するにしても被災者を受け入れるにしても、その母体となる法人はもともと職員が不足し財政的にも不安定だ。自前の施設が狭く、公営住宅やアパートに被災者を受け入れるところも多い。政府や各自治体は財政支援や制度の弾力的運用によって民間が安心して活動できるよう全面的に援助すべきだ。もちろん、ネットワークから漏れた災害弱者についても忘れてはならない
 一方、震災後の早い段階から官房長官会見などで官邸の手話通訳がテレビ画面に映るようになった。地上デジタル放送対応のテレビなら視聴者が字幕ボタンを押せば画面に字幕が流れる。まだまだ十分とはいえないが、聴覚障害者への情報保障に努める姿勢が出てきたことは評価できるだろう。

 外国人の被災者にとっては言葉の壁が避難所暮らしをいっそう困難にさせる。長期化に備えて災害弱者へのきめ細かい支援が必要だ。


被災者の癒やしにも…ペットと避難の支援進む

 東日本巨大地震で、被災地からペットと共に新潟県内に避難してきた人たちの支援態勢作りが進んでいる。

 中越地震、中越沖地震の際も、ペットと避難する被災者が多数いたことを踏まえ、県と新潟市、県獣医師会、県動物愛護協会は18日に「動物救済本部」を設置。ペットと触れ合うことが被災者の心の癒やしにもなることから、安心して共生できるよう、県内数か所の避難所に専用スペースを設け、飼育用品を提供したり、獣医師による健康相談を行ったりしている。
 同市西区の西総合スポーツセンターでは、避難者がいる体育館とは別棟の屋内ゲートボール場を、避難者のペット用に開放。同市保健所によると、21日午後現在で犬17匹、猫7匹がいる。
 1匹ごとにケージに入れ、飼い主には、避難所内に入る前に衣服に付いた毛を落とす、散歩時はふんは持ち帰り、尿には水をかける――などルールを徹底し、ほかの避難者や近隣住民とのトラブルを予防している。市職員やボランティアがカルテを作成、獣医師も巡回して健康診断を行っている。(読売新聞3月24日)


手紙来るとホッとする…宮古市で郵便配達再開

 大津波の被害を受け、6500人が避難生活を送っている岩手県宮古市で、普通郵便の配達が週明けから再開した。
 配達員は避難住民リストを手に避難所を回り、受取人を探しては、郵便物を届けている。
 23日午前10時半頃、同市田老樫内(たろうかしない)の避難所に配達員が来ると、避難住民たちが1人ずつ名前を申し出て郵便物を受け取った。高屋敷ノブ子さん(81)は、避難所で一緒に暮らす、高校に合格した孫に届いた制服販売のダイレクトメールを手に、「ありがたい。手紙がくるだけでほっとした気持ちになる」と笑顔を見せた。
 配達員の樋下(といした)紀克さん(30)も家が半壊した。樋下さんは「みんな喜んでくれて、仕事のやりがいがある。出来るだけ早くみなさんの元に手紙を届けたい」と話していた。(読売新聞3月23日)


Jリーガーら被災地へ 避難所暮らしの子ども激励

 東日本大震災で被災した子どもたちを勇気づけようと、サッカーのJリーグと文部科学省が、現役Jリーガーや元選手らを避難所などに派遣する方向で検討を始めた。

 政府の被災地視察チームの一員として文科省の若手職員が先週、避難所となっている宮城県内の中学校体育館を訪れて小中学生の声を聞いたところ、「避難所は退屈」「早く運動したい」との声が上がったという。
 集団生活の場である避難所では、退屈しのぎに駆け回って遊ぶ子どもたちを大人が「うるさい」と叱ることも多いといい、視察した同省職員は「子どもたちは相当ストレスを感じているようだった」と話す。
 この報告をうけて文科省は、避難所暮らしの子どもに楽しみをつくろうと、現役選手や元選手の派遣をJリーグに打診。快諾を得た。
 Jリーグは今後、避難所の都合を踏まえ、派遣先や日程、選手らの人選について具体的な検討を進める。Jリーグ広報は「被災地の子どもたちに、『一緒に頑張ろう』というメッセージを伝えることができれば」としている。(朝日新聞3月24日)

〈伝えたい―阪神から〉強い覚悟で、時間を捧げて

■山口洋典さん(35) 浄土宗應典院主幹
 被災地の情報に触れて被災者に感情移入し、「共感した」と思う。ところが、自分は全く変わりない生活を送っていることで、その共感が錯覚だったと気づく。いったい自分は何をしたらいいのか、との思いにとらわれる人が多いのではないか。
 ボランティア元年と言われた阪神大震災のとき、大勢の学生が被災地に入った。静岡県出身で立命館大1年だった私もその一人だった。
 京都市の大学のキャンパスにボランティア情報交流センターができ、729人が登録した。神戸市の三つの活動拠点に、みなで人と物と情報をうまく流す方法を探った。要請を受けると、翌日に避難所へ届ける。通販のようなイメージだろうか。
 京都では物資の収集、配送方法の調整、学生の保険加入、スケジュール管理をした。被災地では避難所の受け付けや物資の仕分け、子どもたちとの遊び役をした。
 当時の学生たちは今、働き盛りの年齢になっているが、今回の震災で、いても立ってもいられない気持ちになっていると思う。

■現地での活動でなくても
 もちろん、時間がある人は行ったらいい。被災者は愛する人をみとることもできずに失い、しのぶ物さえ津波に流された。二重三重の喪失感を感じている。「気持ちはわかる」などとおこがましくて言えない。しかし、「何ができるかはわからないが、何かできるだろう」と、強い覚悟と決意で同じ時間を過ごしてほしい。必要なことを段取りよく共にこなすパートナーになってほしい。法人の中には、ボランティア休暇が取れることを改めて周知するなど、人材を送り出す動きも出始めているという。
現地での活動でなくとも構わない。犠牲者を追悼する詩を朗読したり、被災前の風景を写した写真展や、東北にちなんだ歌のカラオケ大会を開いたりするのでもいい。今いる場所で被災者につながる何かに少しでも時間を捧げれば、無縁社会や、個人主義の負の部分を埋めることができる。人と人とのつながりが生まれれば、被災地へ思いが伝わっていく。
 復興までは長い年月がかかる。今から1年後、3年後に役立てるようスキルを高めたり、アイデアを深めたりして準備をする方法もある。
 たどるべき道筋を出口から見つけるのも一つの手だ。例えば歌が得意な人は自分が避難所で歌ったらどうなるか想像し、それがどの時点で役立つか考えてみてほしい。復興までの時間のどこに存在すべきかイメージするといい。
 今、私は大阪市の寺院で働いているが、ここでもできることをしたい。まずは募金を集め、犠牲者の供養や、被災地の再生のための祈りを捧げたい。みんなに「亡くなった人の分まで生きていこう」と力を出してもらえるように
(朝日新聞3月24日)

“慰めの言葉は禁忌”震災PTSDから救う「心のケア5ポイント」

【心のケア5つのポイント】

□不安は当然なことだと思う
□不安を感じている家族には、ゆっくりと目を見ながら、話すように心がける
□心を鎮めるためにとコーヒー、紅茶、緑茶などを飲み過ぎないように。カフェインが不安を悪化させやすいので要注意
□心を鎮める呼吸法をしてみる。ゆっくりと大きく息を吐き、腕や肩、腹部などの力を抜く。その後、ゆっくりと息を吸うが、吸うときには8割くらいで止めることをイメージする。過呼吸にならないように注意する
□不安に陥っている人に、「たいへん」などと言葉をかけると、不安が増幅しやすいので、同情や慰めの言葉は控える(産経ニュースZAKZAK3月23日より抜粋)


神戸のボランティア団体「足湯隊」

扉が開くたびに、雪が残る屋外から冷たい風が吹き抜ける。津波や原発事故で家を追われた約500人が身を寄せる山形県米沢市の市営体育館。寒さと不安に満ちた避難所の一角に、ふわふわと湯気が立ちのぼった。
 「足湯、始めます」。地元の学生らでつくるボランティアが段ボールで作った看板を立て、被災者に声をかける。神戸のボランティア団体「被災地NGO恊働センター」の吉椿(よしつばき)雅道さん(43)が指導する「足湯隊」だ。
 退屈していた子どもたちが真っ先に集まってきた。お年寄りも遠慮がちに続いた。一人ずつパイプ椅子に腰をかけ、湯をはったたらいに足をつける。ショウガ入りのお湯が、足の裏から体を温める。
 福島第一原発の半径20キロ圏内にある福島県楢葉町(ならはまち)から避難してきた関本吉一さん(63)は指先や手のひらのマッサージを受けながら、ポツリポツリと漏らした。「つらいよ。家があっても帰れない」
 足湯隊の一人で、通信制高校で学ぶ田井治尚(たいじ・しょう)さん(21)=米沢市=はじっと耳を傾けた。「僕たちができることをやりますから」。約15分のマッサージが終わる頃、そう励ました。
 田井治さんは地震の後も、アルバイト先のコンビニ店で夜勤を続けていた。すると、福島から次々と被災者がやって来た。けがをしている人、着の身着のままの人……。せっぱ詰まった表情に、テレビで見ていた大災害が自分の中でも現実になった。「何かしたい」と、山形県庁でボランティアを始めた高校の先輩を訪ねたら、米沢入りした吉椿さんらを紹介された。
 足湯を始めて25日で1週間。常連さんもできた。でも足湯のさなかに被災者がうかがわせる恐怖感や喪失感には返す言葉が見つからない。
 「今僕たちにできるのは、ストレスやマイナスの気持ちを受け止め、痛みを分けてもらうこと」。そう心に決めて寄り添う。
 足湯隊の学生らは約10人。指揮する吉椿さんは、被害が大きい宮城、岩手両県などに入って若いボランティアが活動できない現状に、もどかしさを感じている。2008年の中国・四川大地震でもがれきの片づけに取り組むなど、数多くの被災地を訪れてきた。だが、今回の状況はどこよりも過酷だと感じる。  それでも、できるだけ早いうちに現地での安全を確保し、米沢で育てたボランティアを宮城などに送り込みたいと考えている。
 「地震、津波、原発。二重三重の災害に苦しむ人たちを決して見捨てない」 (朝日新聞3月26日)




被災者44人を温泉招待 花巻のボランティア団体

花巻市内のボランティア団体「いわて・結(ゆ)いっこ」の花巻支部が24日、大槌町安渡の被災者44人を花巻市内の温泉に招いた。今後も日帰り温泉バスツアーを続け、被災者支援の輪を広げる。

 「結いっこ」が志戸平温泉の協力を得て計画。温泉側が往復のバスを用意し、「結いっこ」は40人ほどのメンバーが送迎のお世話や昼食づくりに当たった。1歳の幼児から83歳のお年寄りまでの被災者が昼ごろにバスで到着し、早速、2週間ぶりの風呂に入った。 「結いっこ」は「顔の見えるボランティア」を目指し、安渡地区を中心に被災者との絆を築こうとしている。元県立図書館長で「結いっこ」花巻支部代表の高橋寛さん(73)は「被災者に寄り添い、心のつながりを深めていきたい」と話している。(朝日新聞3月25日)

小学校にスポーツ選手派遣〜被災地の子どもたちを元気づけるキャンペーン

日本体育協会と日本オリンピック委員会(JOC)、日本サッカー協会は25日、東日本大震災の被災地にある全小学校に選手らを派遣し、子どもたちの心のケアにあたる支援策を固めた。国内の球技団体が集まる日本トップリーグ連携機構や日本オリンピアンズ協会などにも協力を呼びかけ、スポーツ界を挙げて被災地の子どもたちを元気づけるキャンペーンを展開する。学校の授業再開など被災地の状況を見ながら、6月ごろのスタートを目指すという。
(毎日新聞3月25日)

災害弱者1500人受け入れへ 京滋の福祉施設

 東日本大震災で被災した高齢者や障害者、孤児ら、いわゆる「災害弱者」計1465人を、京都府内と滋賀県内の計448の福祉施設が一時移住先として受け入れる意向を厚生労働省に伝えていることが、25日に分かった。
 東北地方の太平洋沿岸では施設ごと被災したケースも多く、福祉ケアが必要な被災者の生活支援が大きな課題になっている。府介護福祉事業課によると、利用者が定員近い施設が多いが、「困った時はお互いさま」と最大限の受け入れを伝える施設が相次いだ。
 京都府と京都市、滋賀県の調べでは、府内で受け入れ可能なのは、高齢者施設242カ所の711人、障害者施設47カ所の185人、児童養護や母子保護などの施設38カ所の150人。県内では、高齢者施設72カ所の232人、障害者施設31カ所の117人、児童養護や母子保護など18カ所の70人に上る。
 全国でも数少ない聴覚障害者のための特別養護老人ホームを運営する綾部市の「いこいの村聴覚言語障害センター」は、最大20人の受け入れを決めた。「手話や文字情報が少なく、孤立している聴覚障害者もいるはず。ここで少しでも安心してほしい」としている。
 厚労省が全国の自治体に一時移住先の取りまとめを依頼していた。被災地域の自治体に一時移住の希望者を確認し、府県や市に受け入れの調整を依頼する予定だ。(京都新聞3月25日)


モンテ・佐藤トレーナーボランティアでマッサージ

サッカーJ1・モンテディオ山形のトレーナー・佐藤司さん(38)が、東日本巨大地震の避難者が身を寄せる山形市落合の市総合スポーツセンターで、無料のマッサージサービスを行っている。地震発生から2週間。疲れのたまった人たちの心身を癒やしている。
 佐藤さんは、モンテディオに来て6季目。以前は、マッサージの全国チェーン会社に所属していた。シドニー、アテネ五輪の柔道日本代表に帯同して、井上康生選手らの体調管理にも携わったすご腕だ。
 佐藤さんは今回の地震発生後、阪神大震災のときの体験を思い出した。避難所でマッサージを行うという大阪支社の先輩のために、東京からベッドやタオルなどの機材を車で運んだ。
 「今度は自分がやる番だ」
 地震の影響でチームが活動を休止している間だけでも、避難者のためにマッサージをしたいと思った。
 了解を得るために、中井川茂敏ゼネラルマネジャー(GM)に相談すると、「何かやらなくてはと思っていた。体のケアを求めている方に、精神的にも肉体的にも楽になってもらおう」と、快く了承してくれた。佐藤さんは20日、自宅からマッサージ用のふかふかのベッドを市総合スポーツセンターに持ち込んだ。
 若者からお年寄りまで、佐藤さんのマッサージは連日好評だ。疲れや肩こりによる目まいに悩んでいた宮城県女川町の会社員高橋一枝さん(28)は、避難所の医務室でマッサージを勧められて、佐藤さんのもとへ。丹念な施術を受けると、「重力から解放されたみたい。鋭気を養って、地元の復興に力を注ぎたい」と、前向きに話した。
 佐藤さんは「避難者は緊張状態の毎日。マッサージで少しでもリラックスしてほしい」としている。
 佐藤さんによるマッサージは27日まで。(読売新聞3月26日)

土のグラウンドに子供たちの笑顔、スーパーアリーナに避難した双葉町

土手を越えた瞬間、目の前に緑のグラウンドが一気に広がる。「ひろーい!」子供たちは歓声を上げ、競うように走り出した。
 ここはさいたま市の外れ、荒川沿いの河川敷にあるスポーツ施設。25日、地元のサッカーJリーグ浦和レッズが、さいたまスーパーアリーナ(同市中央区)に福島県双葉町などから避難している小学生約60人を招待した。
 「子供たちに、アリーナのコンクリートの床ではなく、芝生の上で思い切り走り回ってほしかった」と話すのは、浦和レッズホームタウン推進部の近藤伸一さん。選手やコーチに声をかけ、24日には同じ埼玉の大宮アルディージャとともにサッカー教室を行った。「体を動かせば笑顔になれる。サッカー王国埼玉のクラブチームとして、今後も継続して子供たちの力になっていきたい」と力を込める。
 この日、子供たちに与えられた“課題”は、「何でもいいから一生懸命遊ぶ」こと。選手とコーチ計15人とともに、サッカーはもちろん、縄跳び、バレーボール、自転車などで芝生のグラウンドを駆け回った。
 鵜沼はなさん(10)は、双葉町立南小学校の4年生。「最初はサッカーのPK戦をやって、それからバドミントン。次は何をしようかなあ」と声をはずませる。
 慣れないアリーナ生活が始まって約1週間となるが、「埼玉は何度か来たことがある。全然平気だよ」という。「ちょっと暇だけど、ゲーム機を買ってもらったから、それでどうにか」。後は勉強したり、ボランティアのお兄さんやお姉さんと遊んだり。「土の上で遊んだのは久しぶりでは」と尋ねると、「そういえばそうかも」と笑った。
 「でも、お店もたくさんあるし。今までの生活とは違うけど、楽しいことだっていっぱいある。こっちに来て、新しいお友達もたくさんできたんだよ」。そう答えると、再び遊びの輪の中へと駆け出していった。
 この日、初めて自転車に乗れるようになった子供もいた。見守っていた母親たちも、「子供はたくましいわ。どんな所でも成長する」と微笑んだ。
 長引く避難生活を、井戸川克隆町長は「常に旅をしているような感覚」と表現した。旅の終わりはまだ見えない。けれど、どんな時でも子供は遊び、笑ってくれる。(産経新聞3月25日)



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